AIと創作について、私が思うこと
はじめに
私は普段、自宅サーバーの運用やネットワーク構築、サービス開発などを行っています。
いわゆる「絵師」やイラストレーターではなく、どちらかと言えばインフラやシステム開発寄りの人間です。
現在は、自宅サーバーを活用したサービス運営や、Discord向けの読み上げBot開発などを行っており、日常的にAI技術を活用しています。
例えば、
- コード生成や補助
- ドキュメント整理
- アイデア出し
- ログ分析
- テキスト生成
- 画像生成
- 音声処理
など、AIは既に自分の開発や運用の中で欠かせない存在になっています。
だからこそ、最近よく見かける「AIそのものを悪として扱う議論」に対して、少し違和感を覚えることがあります。
もちろん、私はクリエイター側の気持ちを完全に理解できる立場ではありません。
実際に絵を仕事にしている方や、長年努力して作品を作ってきた方には、AIに対する不安や怒りがあると思います。
その上で、技術側にいる人間として、そして実際にAIを活用している立場として、今のAI議論について自分なりの考えを書いてみようと思います。
AIと創作について、私が思うこと
最近、生成AIに対する議論をよく見かけます。
特にイラスト生成AIについては、「他人の絵を学習しているのだから問題だ」という意見を多く見ます。
私は、この議論には感情的な部分も多く含まれていると感じています。
もちろん、クリエイターの方々が不安や怒りを感じる理由も理解できます。自分の描いた作品が、自分の知らないところで使われているように感じれば、嫌な気持ちになるのは自然なことです。
しかし、その上で私は「AIそのものを否定するべきではない」と考えています。
人間もまた、他人から学習している
よく「AIは他人の絵を学習している」と言われます。
ですが、人間もまた、他人の作品から影響を受けながら成長しています。
絵を描く人は、多くの作品を見ます。
好きな絵師の構図を参考にしたり、色使いを真似したり、表現方法に影響を受けたりします。
音楽でも、小説でも、プログラミングでも同じです。
完全にゼロから生まれる創作は、ほとんど存在しません。
人間は過去の知識や作品を吸収し、それを自分の中で再構築して新しいものを生み出しています。
私は、AIも本質的にはそれに近いものだと思っています。
もちろん、人間とAIは完全に同じではありません。
AIは膨大なデータを高速に処理できますし、学習規模も人間とは比較になりません。
しかし、「既存の情報を元に新しい出力を作る」という構造自体は、人間にも共通しているように感じます。
問題なのはAIではなく、使う人間ではないか
私は、現在問題になっている多くのケースは、AIそのものより「利用者側のモラル」の問題だと思っています。
例えば、
- 特定の絵師の作風を露骨に再現する
- 他人になりすまして作品を投稿する
- クリエイターを攻撃する
- AI生成であることを隠す
こうした行為には問題があります。
ですが、それは「AIが悪い」というより、「使い方が悪い」という話ではないでしょうか。
包丁が犯罪に使われることがあっても、包丁そのものを否定するわけではありません。
インターネットも、VPNも、サーバー技術も、悪用されることがあります。
それでも私たちは、技術そのものを否定はしません。
AIも同じだと思っています。
すでにAIは社会に深く入り込んでいる
そもそも、現在の社会は既にAIなしでは成り立たないレベルになっています。
スマートフォンの写真補正、ノイズ除去、超解像、音声認識、翻訳、検索エンジン。
多くの場面でAI技術が使われています。
今のスマホカメラは、人間が見たままをそのまま写しているわけではありません。
AIが補正し、「綺麗に見える画像」を作っています。
それを私たちは自然に受け入れています。
にもかかわらず、「生成AIだけは絶対に許されない」という考え方には、少し違和感があります。
インターネットに公開するということ
厳しい言い方になるかもしれませんが、インターネットに作品を公開する以上、完全にコントロールすることは不可能です。
保存もされます。
転載もされます。
機械的な解析もされます。
これはAI以前から変わっていません。
もちろん、「だから何をされても仕方ない」と言いたいわけではありません。
しかし、公開されたデータが技術的に利用される可能性は、現代では避けられない現実だと思います。
私は、AI時代においては「完全に防ぐ」という方向よりも、「どう共存するか」を考える方が建設的ではないかと感じています。
AIはもう止まらない
個人的に、AI技術の進化そのものを止めることは、もう不可能だと思っています。
便利で、効率が良く、コストを下げられる技術は、最終的に社会へ浸透していきます。
これは歴史的にも繰り返されてきました。
だからこそ、必要なのは感情的な否定ではなく、
- どう使うべきか
- どうルールを整備するか
- どうクリエイターを守るか
を現実的に議論することではないでしょうか。
私は、AIは創作を壊すだけの存在ではなく、新しい表現や可能性を生み出す技術でもあると思っています。
だからこそ、「AIだから悪」と決めつけるのではなく、冷静に向き合っていくべきだと考えています。