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子どもを守るために、匿名性を壊してよいのでしょうか

はじめに インターネット上で子どもを守ることは、間違いなく重要です。 有害なコンテンツ、知らない人からの接触、詐欺、誹謗中傷など、子どもが直面する危険を放置してよいとは思いません。サービスを提供する企業にも、子どもが安全に利用できる環境を設計する責任があります。...

この記事の目次

はじめに

インターネット上で子どもを守ることは、間違いなく重要です。

有害なコンテンツ、知らない人からの接触、詐欺、誹謗中傷など、子どもが直面する危険を放置してよいとは思いません。サービスを提供する企業にも、子どもが安全に利用できる環境を設計する責任があります。

しかし、「子どもを守るため」という目的が正しければ、すべての手段が正当化されるのでしょうか。

身分証明書の提出、顔を使った年齢推定、行動履歴からの年齢判定、VPN利用者の検知。安全を実現するための仕組みが増えるほど、インターネットは現実世界の身元と結びついた空間へと変わっていきます。

私は、その変化に強い危機感を持っています。

Discordの年齢認証が投げかけたもの

私がこの問題を考えるきっかけになったのは、Discordの年齢認証です。

Discordは2026年、利用者を原則として「ティーン向け設定」に置き、成人向けの領域へアクセスしたり、一部の安全設定を変更したりする場合に、年齢確認を求める仕組みを世界的に展開しました。

ただし、現在のDiscordが全ユーザーに身分証や顔写真の提出を強制しているわけではありません。Discordによれば、90%以上の利用者は追加の確認を求められず、アカウントの作成時期、支払い方法の登録状況、所属するサーバーの種類、一般的な利用パターンなどから年齢層を推定します。メッセージ本文は年齢推定に使用しないと説明されています。

追加確認が必要な場合には、端末内で処理される短い動画による顔年齢推定や、外部事業者を通じた身分証確認などが用意されています。Discordは、顔の動画は端末外へ送信されず、身分証や自撮り画像についても確認後すぐに削除され、Discord側には年齢情報だけが渡ると説明しています。

これは、単純な「全員が身分証を提出しなければDiscordを使えない」という制度より、かなりプライバシーに配慮された設計です。その点は正しく評価する必要があります。

それでも、利用者が不安を感じるのは当然です。

2025年には、Discordがカスタマーサポートに利用していた外部事業者が侵害され、年齢に関する異議申し立てなどで提出された政府発行身分証の画像が、約7万人分流出した可能性があるとDiscord自身が発表しています。現在の年齢認証事業者はこの事件には関係していないと説明されていますが、「削除されるはずの情報であっても、どこかに提出した時点でリスクが生まれる」という事実を示した出来事です。

問題は、Discordが嘘をついているかどうかだけではありません。

端末、アプリ、認証事業者、文書確認事業者、サポートシステム、異議申し立ての記録。年齢を確認するための経路が増えるほど、守らなければならない場所も増えます。利用者は「すぐ削除される」という説明を信頼することはできても、それを自分で技術的に確認することは困難です。

ブラックボックスに対して、自分の顔や身分証を差し出すことに抵抗を感じるのは、決して考えすぎではありません。

プライバシーと匿名性は、同じではありません

この問題を考えるうえでは、プライバシーと匿名性を分けて考える必要があります。

プライバシーとは、自分に関する情報を、誰に、どこまで、何のために渡すかを自分で決められることです。

一方、匿名性とは、インターネット上での活動が、必要以上に現実の個人へ結びつかないことです。

年齢確認事業者が「18歳以上である」という結果だけをサービスへ返すなら、実名や住所を直接渡す方式よりは匿名性を保ちやすいでしょう。しかし、アカウントの活動時間、所属コミュニティー、決済情報、端末情報、位置情報などを組み合わせて年齢を推定する仕組みが広がれば、名前を入力していなくても、利用者の属性が常に分析されるインターネットになっていきます。

それは、私が望む匿名性とは少し違います。

私が大切にしたいのは、責任あるプライバシーです。

人は、必要以上に現実の自分をさらさなくても、考えを持ち、声を上げ、創造し、社会と関わることができるべきです。学校、家庭、職場、地域、所属団体などの人間関係から少し離れ、純粋に発言の内容で評価される場所が必要です。

匿名性は、ただ名前を隠すための機能ではありません。

現実の立場によって発言を封じられないための防波堤であり、自分の尊厳を守るための空間です。内部告発、社会的に弱い立場にある人の発言、創作活動、政治や社会への意見など、実名では難しい発言を可能にします。

国連人権高等弁務官事務所も、暗号化と匿名性は、デジタル時代の表現の自由やプライバシーを守るために強く保護されるべきだとしています。ジャーナリストや活動家だけでなく、芸術家、研究者などが自由に活動するうえでも重要な技術だと位置づけています。

匿名性は、一部の怪しい人だけが使うものではありません。

普通の人が、普通に尊厳を保ちながらインターネットを利用するための基盤です。

匿名なら、何をしてもよいわけではありません

もちろん、匿名性によって発生する問題もあります。

誹謗中傷、荒らし、詐欺、犯罪行為、無責任な発言。匿名性が被害を拡大させる場合があることは否定できません。

だからといって、すべての利用者を現実の身元と結びつけることが正解なのでしょうか。

私は、そうは思いません。

匿名性を守ることと、犯罪や権利侵害を放置することは別です。明確な被害が発生した場合には、適切な手続きに基づいて捜査や情報開示が行われる仕組みが必要です。サービス運営者も、荒らし対策、通報機能、不正アクセスの検知、コミュニティー管理などを実施しなければなりません。

しかし、それは全利用者に対して、あらかじめ身分証明を要求する理由にはなりません。

「匿名のまま責任を負える仕組み」を設計するべきであって、「責任を負わせるために匿名性を消す」という発想だけに進むべきではないと思います。

この線引きには、簡単な答えがありません。だからこそ、政府や企業だけで決めるのではなく、実際にインターネットを利用する人々を含めた議論が必要です。

VPNまで疑わしい技術として扱われ始めている

年齢制限は、年齢確認だけでは終わりません。

オーストラリアでは、2025年12月10日から、対象となるSNSに対して16歳未満のアカウント作成や保持を防ぐための措置が求められています。さらに政府のオンライン安全機関は、16歳未満の利用者がVPNを使って国外にいるように見せかける行為についても、プラットフォーム側が防止を試みるべきだと説明しています。

その判定に利用できる情報として、IPアドレス、GPSなどの位置情報、端末の言語や時刻設定、端末識別子、電話番号、アプリストアの設定、投稿や交流関係などが挙げられています。さらに、年齢を推定する材料として、文章の特徴、学校生活と一致する活動時間、画像や音声なども例示されています。

英国ではVPNそのものは合法とされていますが、プラットフォームには、子どもが安全対策を回避するためにVPNなどを利用することを防ぐ責任があり、子ども向けに回避方法を宣伝するコンテンツも規制対象になり得ると政府が説明しています。

これらはVPNの全面禁止ではありません。

しかし、VPNという合法的なプライバシー技術が、「規制を回避するためのもの」として疑われる方向へ進んでいることには注意が必要です。

VPNは、公共Wi-Fiで通信を保護したり、通信事業者から閲覧先を見えにくくしたり、企業の内部ネットワークへ安全に接続したりするためにも利用されます。特定の利用方法に問題があるからといって、技術そのものを危険視するべきではありません。

規制を本気で回避しようとする人は、別の技術や偽の情報を使おうとします。一方で、法や規約を守る一般の利用者ほど、身分証や顔、位置情報などを正直に提出し、新しいリスクを引き受けることになります。

実際、オーストラリアの規制開始後も、多くの未成年者が対象サービスを利用し続けていることが2026年6月の調査で報告されています。規制の目的が正しくても、実効性が低ければ、プライバシーを守ろうとする利用者だけが不便や負担を受ける可能性があります。

「LINEだから安心」を一度考え直してほしい

日本では、連絡手段としてLINEを使うことが半ば前提になっています。

家族、学校、友人、アルバイト、地域の連絡までLINEに集まり、使わないという選択が難しい人も多いでしょう。

それでも私は、LINEを何となく使い続けることを一度考え直してほしいと思っています。

これは「LINEの通信はすべて誰かに読まれている」「LINEは危険なアプリだ」と主張したいわけではありません。

LINEは「Letter Sealing」と呼ばれるエンドツーエンド暗号化を採用しています。対応する一対一・グループチャットの文章や通話に加え、2024年11月までに画像、動画、音声、ファイルなどにも暗号化の対象を拡大したと報告しています。これは重要な安全対策です。

一方、現在のLINEは、単純なメッセンジャーではありません。

ニュース、動画、決済、買い物、公式アカウント、クーポン、広告などを含む、大きなサービス基盤になっています。その結果、プライバシーポリシーの対象とデータ利用の目的も広くなっています。

LY Corporationのプライバシーポリシーでは、サービスの利用日時や利用時間、検索、購入、閲覧・タップした広告、位置情報、端末やブラウザに関する情報などを収集する場合があると説明されています。広告の最適化には、居住地域、性別、生年月、サービスの利用履歴、閲覧したページ、使用したアプリ、購入情報、位置情報などを利用する場合があるとされています。

位置情報の共有を有効にした場合には、LINEアプリの起動中に端末の位置や移動速度を収集し、地域などの属性を広告表示に利用する場合があるとも説明されています。設定から無効化やデータ削除が可能です。

また、日本の利用者に関する個人データは、日本だけでなく米国や韓国のデータセンターにも保存され、アカウントを削除しない限り、多くの個人データを原則として保持するとしています。

2023年の不正アクセスでは、確認済みまたは漏えいした可能性のある利用者の個人データが30万2,980件あり、その中には特定利用者間のやり取りに関する情報も含まれていました。一方で、銀行口座、クレジットカード番号、LINEのチャット本文は含まれていなかったと同社は説明しています。同社はその後、ネットワークや認証基盤の分離など、再発防止策を進めています。

これらをもって、LINEが利用者を不当に扱っていると断定することはできません。ポリシーを公開し、設定項目や暗号化、再発防止策を整備していることも事実です。

しかし、メッセージを送るためのアプリに、広告、ニュース、決済、買い物、動画、位置情報を使った機能まで統合される必要があるのかは、利用者が考えるべきです。

機能が多いほど便利になる一方、収集される情報、データの利用目的、関係するシステム、攻撃対象となる範囲も増えます。

私がメッセンジャーに求めるのは、何でもできることではありません。

会話を安全に届けることに集中していることです。

SignalやProtonから学べること

私は、今後プライバシーに関わるサービスを作るなら、SignalやProtonに近い考え方で運営したいと思っています。

Signalでは、メッセージと通話が常にエンドツーエンドで暗号化され、クライアントとサーバーのソースコードも公開されています。また、利用者のデータやコンテンツを販売、貸与、収益化しないと説明しています。

Signalは非営利組織として運営され、広告や利用者の行動追跡によって収益を得るのではなく、寄付を中心に運営する構造を選んでいます。これは、プライバシーを守るという理念を、単なる宣伝文句ではなく、事業構造にも反映しようとするものです。

Protonも、収集する利用者情報を可能な限り少なくし、暗号化されたメール、ファイル、予定、パスワードなどの内容へ技術的にアクセスできない設計を掲げています。現在は非営利のProton Foundationが主要株主となり、広告主や第三者ではなく利用者を優先する方針を示しています。

もちろん、SignalやProtonを使えば絶対に安全になるわけではありません。

端末そのものが侵害されれば、暗号化されたサービスでも情報は守れません。相手が会話を保存したり、転送したりする可能性もあります。どの企業にも、障害や脆弱性、運用上の失敗が起こる可能性があります。

重要なのは、完璧な企業を探すことではありません。

その企業がどのような情報を集め、どのように利益を得て、問題が発生したときに何を公開し、どこまで利用者へ選択権を渡しているかを見ることです。

企業には「信じてください」ではなく、透明性が必要です

インターネットサービスを運営する企業には、最低限、次のことを明確にしてほしいと思います。

何の情報を収集するのか。何のために使うのか。どの国へ保存するのか。どの企業へ渡すのか。どのくらいの期間保存するのか。削除を依頼できるのか。認証に失敗した場合に異議を申し立てられるのか。事故が起きたとき、どこまで公表するのか。

「安全のため」「サービス改善のため」という説明だけでは不十分です。

安全という言葉は非常に広く、サービス改善という言葉も、広告の最適化から新機能の開発まで、ほとんど何でも含められます。

利用者が本当に同意するためには、専門家でなくても理解できる説明が必要です。長い規約のどこかに書いてあるだけではなく、情報を渡す直前に、具体的な目的、保存期間、委託先、削除方法を表示するべきです。

そして、拒否した人が必要以上に不利益を受けない設計も必要です。

子どもの安全と自由は、どちらか一つではありません

私は、子どもの安全を軽視しているわけではありません。

しかし、子どもを守るために、インターネット全体を本人確認された空間へ変えることには反対です。

必要なのは、すべての人から身分証を集めることではなく、有害なコンテンツを広げる推薦システム、知らない人からの接触、不透明な広告、依存を誘う設計、通報しても対応されない運用など、危険を生み出している原因へ直接向き合うことです。

保護者や学校によるデジタル教育、分かりやすい安全設定、年齢に応じた初期設定、強力なブロック・通報機能、運営者の迅速な対応も必要です。

安全と自由は、必ずしも対立するものではありません。

安全を理由に自由を消すのではなく、自由を残したまま安全にする技術と制度を考えるべきです。

責任あるプライバシーを守るために

インターネットは、現実世界をそのままデジタル化した場所ではありません。

国境や年齢、学校、会社、地域を越えて、人が意見を交わし、作品を作り、仲間を見つけられる巨大なサイバースペースです。

そこでは、人は必要以上に現実の自分と結びつけられるべきではありません。

匿名性は、責任から逃げるための権利ではありません。

現実の立場によって発言を封じられず、自分の尊厳を守りながら社会へ参加するための権利です。

子どもを守るため、犯罪を防ぐため、著作権を守るため。目的が正しく見えるほど、技術への制限は受け入れられやすくなります。

しかし、悪意を持って制限を回避しようとする人は、新しい技術や方法を探します。その一方で、法や規約を守る人だけが、顔、身分証、位置情報、行動履歴を差し出し、不便とリスクを負うことになります。

そのようなインターネットを、私は安全だとは思いません。

インターネットは、公序良俗と他者の権利を尊重するという前提の上で、自由であるべきです。

そして、そこには必ず、責任あるプライバシーが存在しなければなりません。


参考資料