「便利そう」は、プロダクトを壊すことがある。
新しい機能を思いつくのは楽しい。
「これも付けよう。」
「これもあったら便利そう。」
「競合もやっているから追加しよう。」
開発をしていると、そんな会話は何度も出てきます。
でも私は最近、それよりも大切なことがあると思うようになりました。
機能を作る前に、「作らないもの」を決めることです。
これは開発者だけでなく、PMやデザイナー、サービスを考えるすべての人に当てはまる話だと思っています。
なぜなら、プロダクトは「足し算」だけで良くなるものではないからです。
思想のないプロダクトは、機能を増やし続ける。
私は、良いプロダクトには必ず「思想」があると思っています。
ここでいう思想とは、政治的な話ではありません。
「このプロダクトは何をするものなのか。」
「何をしないものなのか。」
その境界線です。
例えばカメラアプリなら、
「誰でも綺麗に写真を撮れる。」
メモアプリなら、
「考えを素早く書き留める。」
チャットアプリなら、
「人とストレスなく会話する。」
この軸があるからこそ、機能を追加するときも判断できます。
「この機能は思想に合っているか?」
もし答えが"No"なら、便利そうでも作らない。
それが思想です。
逆に思想がないとどうなるでしょうか。
営業は広告を入れたがる。
マーケティングは滞在時間を伸ばしたがる。
経営は新しい収益源を欲しがる。
他部署は自分たちのサービスへの導線を増やしたがる。
どれも会社としては間違っていません。
でも、それぞれが合理的な判断を積み重ねた結果、プロダクト全体を見る人がいなくなる。
すると気付けば、
「何をするアプリなの?」
という状態になります。
LINEはチャットアプリだった。
LINEが登場した頃、多くの人が求めていたものはシンプルでした。
メッセージを送る。
通話する。
スタンプで気軽にコミュニケーションする。
それだけです。
だから爆発的に広まりました。
「メールより速い。」
「電話番号を知らなくても連絡できる。」
「家族とも友達ともすぐ話せる。」
チャットアプリとしての価値が非常に分かりやすかったのです。
しかし現在のLINEを開くと、どうでしょう。
チャット以外にも、
- VOOM
- LINEウォレット
- ニュース
- 占い
- 漫画
- AI関連機能
- ショッピング
- 投資
- ゲーム
- 各種キャンペーン
- 様々な広告
など、本当に多くの機能があります。
便利だと感じる人もいるでしょう。
実際、ウォレットを日常的に使う人もいますし、ニュースを見る人もいます。
問題はそこではありません。
チャットアプリとして見たとき、その思想は今でも中心にあるのだろうか。
私はそこに疑問を感じます。
「便利だから追加した」の積み重ねは、いつかユーザーを迷わせる。
新しい機能を追加するとき、多くの場合その機能には理由があります。
「決済もできた方が便利。」
「動画も見られた方が便利。」
「AIもあった方が便利。」
「漫画も読めた方が便利。」
全部、その通りです。
一つひとつだけを見ると間違っていません。
でも問題は、その判断を何年も続けた結果です。
便利が積み重なる。
画面が増える。
ボタンが増える。
通知が増える。
広告が増える。
メニューが増える。
ユーザーは本来やりたかったことへたどり着くまでに、少しずつ余計な情報を処理しなければならなくなります。
一回では気になりません。
でも十回、百回、千回と繰り返されると、体験そのものが変わります。
一番怖いのは、「会社の都合」が少しずつ入り込むこと。
私は企業がお金を稼ぐことを否定しているわけではありません。
利益がなければサービスは続きません。
それは当然です。
でも、
「ユーザーのため」
ではなく、
「会社の利益のため」
だけで機能が追加され始めると話は変わります。
広告を表示したい。
滞在時間を伸ばしたい。
別サービスへ送客したい。
決済を使わせたい。
新規事業へ誘導したい。
これらは企業として合理的な判断です。
しかしユーザーから見れば、
「私はただ友達にメッセージを送りたいだけなんだけど。」
ということも少なくありません。
ここで思想があれば、
「それはチャット体験を壊さないか?」
というブレーキが掛かります。
思想がなければ、
「数字は伸びるから追加しよう。」
となります。
この違いはとても大きいと思っています。
プロダクトは、引き算が一番難しい。
機能を追加するのは比較的簡単です。
会議でも説明しやすい。
リリースノートにも書ける。
成果として見えやすい。
一方で、
「これは作りません。」
という判断は評価されにくい。
でも私は、この「作らない」という判断こそ開発者に必要な能力だと思っています。
Appleが昔から言われるように、「フォーカスとは、100個の良いアイデアにノーと言うこと」です。
Signalも、私が好きな理由はここです。
Signalはメッセージアプリとしての軸が非常にはっきりしています。
派手な機能は少ない。
余計なタイムラインもありません。
動画プラットフォームにもなろうとしていません。
ゲームセンターにもなろうとしていません。
決済スーパーアプリにもなろうとしていません。
だから迷いません。
アプリを開けば、
「メッセージを送る。」
それだけです。
私はこの潔さが好きです。
「全部入り」は、誰のためなのか。
最近は「スーパーアプリ」という考え方もあります。
一つのアプリで、
チャットも、
決済も、
買い物も、
ニュースも、
行政手続きも、
全部できる。
確かに便利な側面もあります。
ただ、その方向性を選ぶなら最初からそういう思想で設計すべきです。
後からチャットアプリへ少しずつ機能を積み重ねてスーパーアプリになろうとするのと、
最初からスーパーアプリとして設計するのでは、話がまったく違います。
私はLINEを使っていて、
「チャットアプリを使っている。」
というより、
「巨大なプラットフォームの一機能としてチャットを使っている。」
という感覚になることがあります。
それが悪いとは言いません。
でも、私は最初のLINEが持っていた「チャットを快適にする」という思想の方が好きでした。
開発者は、「何を作るか」より「何を作らないか」を語れるべきだ。
開発者同士の会話では、
「次は何を作る?」
という話になりがちです。
でも私は、
「何を作らない?」
という会話の方が重要だと思っています。
その答えが、そのプロダクトの思想だからです。
思想があるチームは、機能を断れます。
思想がないチームは、全部取り込みます。
結果として、誰も全体を説明できないプロダクトになります。
最後に
私は、機能を増やすこと自体を否定しているわけではありません。
必要な機能なら、増やすべきです。
ただ、その前に一度だけ立ち止まって考えてほしいのです。
その機能は、本当にユーザーが求めているものなのか。
その機能は、このプロダクトの思想に合っているのか。
そして、もし答えに迷うなら、追加する前に「作らない」という選択肢も考えてほしいと思います。
開発とは、機能を増やし続けることではありません。
ユーザーにとって一番価値のある体験を守り続けることです。
だから私は、これからもこう考え続けます。
機能を作る前に、作らないものを決めろ。
それが、長く愛されるプロダクトを作るための、一番大切な思想だと思っています。